黒河街南崗屯(省公省官舎)昭和二十年八月八日(康徳十二年)

3.jpgクリックすると拡大します右隣りの山岸さんの御主人が亡くなり、父は役所を休み、通夜と葬儀の準備をし通夜をすませて帰ったのは夜中でした。
その夜は黒龍江の対岸ブラゴブェスチェンスクの空は低く、青、赤、黄 緑色・・花火や花火の様なえい光弾・信号弾が途切れ途切れに上がり山岸さんの魂を見送っているようでした。
母は私達子供と外へ出て、山岸さん宅から父が帰るのを待ちながら何回もお祈りを捧げたことを覚えています。
山岸さんの奥さんは、学校の先生でした。御主人とは一度もお会いしたことはありませんが、省公署で少年開拓義勇軍の仕事と土地の測量だと聞いています。
山岸さんの葬儀はまだだったと思います、ご遺体はどうしたか、奥さんは避難したのかわかりません。  「戦史、満州第六国境守備隊」に通夜までは記録がありました。

ページの先頭へ

八月九日、(ソ連、日ソ不可侵条約を破る)

 父は朝、急に起き上がると、「何かおかしい」と朝食も取らず、役所へ走るように急ぎ足で出勤しました。
 出勤するとすぐ警務庁長から、ソ連宣戦布告につき以下を打電せよとの命令を受け、普通文(暗号でない)で黒河省内全警察署・全国境警察隊及び無線機を所有している開拓団、日系事業所等に打電したがすでにソ連軍の砲撃をうけた所もあったそうです。

「日ソ交戦状態にはいった。警察官並びに在郷軍人は第一二三師団隷下部隊に臨時召集されたので、最寄りの部隊に入隊せよ。家族及び一般邦人は軍の指揮官の指導下にはいって行動をともにせよ」

 そして、黒河省長(村井矢之介)は省公省前庭(正面玄関前)に全職員を集めて、次のような訓示をしたそうです。

・重要書類の焼却(暗号乱数表等の秘密文書類及び無線機の破壊、焼却など)
・八月十日に、孫呉省公省に集結すること。
・その他、強気の発言で職員の士気を高めようとしていたが空しいものでようだったようです。

ページの先頭へ